美容院 元町がお手伝いします
遊びという自由さがなかったら、心の交流などできません。
逆に心の交流ができると、遊び心が生まれるともいえます。
そしておもしろみが出てきて、仕事をしているんだけれども遊んでいるような楽しさを味わえるのです。
その意味では、仕事も本来遊びなのだと思います。
ところが、ドイツ人や日本人はどうもその点が不器用です。
ドイツ人は、「仕事はベルーフ」、つまり神の思し召しだなどと言って仕事を神聖視してしまうし、日本人も労働神事説といって、仕事は神さまから与えられた聖なる労働だと考えてしまいます。
でも、仕事はもっと楽しみながらやっていいものではないでしょうか。
そうでないと、ほんとうにいい仕事はできないような気がします。
あの偉大な発見をして近代科学の基礎を築いたニュートンも、「自分はただ海辺を歩いていて、きれいな石を探しただけだ」という意味のことを言っています。
たしか、アインシュタインも同じようなことを言っていたはずです。
私もその通りだと思います。
仕事仕事と肩ひじを張っている人は、決まりきったことをこなすしかないのではないでしょうか。
仕事を自分なりにおもしろくし、自分の個性に合ったものにしていく。
こういう工夫は遊びや楽しみにつながっていくのですが、仕事はそういうふうに変換していかなければならないし、そのように変換できた仕事こそ役に立つ仕事になるのだと思います。
私たち日本人は、仕事においてあまりにも生まじめすぎます。
生まじめとは、言葉を換えれば決まりきったことをコンスタントに繰り返すことです。
だから日本の企業もだんだん遊びを失い、活力が低下してしまうのです。
「まじめ」は「よい子」の始まりですから。
いまたいせつなのは、その生まじめさからちょっとズレるというべきか、逸脱することです。
逸脱とは遊び心です。
その逸脱したところから別な視点で仕事を見直したり、生きることを見直すことがとても大事なのではないでしょうか。
ニュートンのような大発見ではなくても、自分なりの人生上の発見、仕事上の発見などというのは、逸脱なくしてはあ以前、ある方とお話をしていたとき、今いちばん創造的生き方はアメーバのような生き方ではないかと語り合ったことがあります。
直線コースをパーッとまっすぐ走るのではなり、あっちへ行ってみよう、こっちへ行ってみよう、この食べ物を食べてみよう、あのへんを探ってみようと、のらりくらりとアメーバ運動ができる。
決まった価値とか決まった路線、決まった前例を踏襲するのではなくて、アメーバのように動くのが遊び心を持った人間本来の生き方ではないかと話し合ったことがあるのですが、いまでもまさにその通りだと思っています。
ただ、逸脱とはいわばレールからはずれてしまうことですから、そのまま戻れなくなるのではないかという不安を持つということはあるでしょう。
しかし、最初から戻ろうとしているのでは遊びの意味は半減です。
それなら前例に従って生きればいいということになってしまいます。
もっと自分の力を信じることです。
戻れるかどうかなどと不安を抱くよりも、いつも、何度も行ったり来たりするつもりで逸脱しなければ意味がありません。
浄土真宗を開いた親鷲聖人は、「往相と還相」ということを述べています。
阿弥陀仏を信じて極楽に往生したら、行きっぱなしではなり、いつでも苦しみにまみれたこの世に帰ってきて衆生を救わなければならないということを説いたのです。
この、極楽に行くことを「往相」、この世に帰っていることを「還相」と呼んだのですが、逸脱も自分の往還の力を信じることがたいせつなのだと思います。
仏教といえば、室町時代の禅僧一休和尚も逸脱の人でした。
一休さんは、人生で二回も自殺未遂をしています。
それだけ真剣に生きるということに悩み苦しんだのですが、そうかと思うと、お正月でみんなが浮かれているときに棒の先に骸骨をつるし、「さあ、これが人間だ。
どんなに浮かれていても、こうやって正月を迎えるということはあなたたちもみんなこれに近づいているんだぞ」とばかりに人々に見せびらかしたといいます。
そんなふうに逸脱ばかりしていたのですが、その行為の裏には、「みんな、だからもっと根本的に生きるということを、人生を考えてみようじゃないか」という彼の強烈なメッセージがあったのです。
一休は書道の達人でもありました。
ある人が彼に「心」という字を書いてほしいと頼むと、一休は巻き物状になっている紙を用意させ、心という字をどんどん長く紙の端から端まで伸ばして書いたということです。
見ている連中はこれでは飾ることもできないと焦ってしまいましたが、一休は平然と、「心というのはこれくらいつかみどころのないものだ」と言ってのけたといいます。
また、一休は亡くなるまで若い目の不自由な女性と性の放逸をし尽くし、逸脱しっぱなしの人生を送りました。
しかし、その根幹には、用意されたレールの上を走るような仏教では、仏の教えにも人間の本性にも反する。
人間のなかには仏性というものが備わっているのだから、いくら逸脱しても本質的なところからはずれるはずがないという自信があったわけです。
逸脱しても、自分のなかの仏性が必ず戻るべきところに自分を戻してくれるんだという確信があるから往還ができたのです。
ところが、世の「いい人」たちは逸脱を恐れます。
そして、「自分には力がないし才能がない。
逸脱なんかしたら、すぐ消されてしまいます。
だから私は私でいいんです。
この道でじっくり行きますよ」と言います。
でも、それはひきょうです。
人間には必ず自分の奥に自分らしさというものがあります。
遺伝的にいっても、人間はひとりひとり違うのです。
その自分らしさを発掘するという作業を怠っているという意味で、彼らはひきょうなのです。
自分らしさを発掘していけば、気がついてみるとそこにある種の逸脱があるのです。
その作業は苦痛かもしれませんが、それがその人の創造性というものです。
その人なりの逸脱の経路をたどって自分らしさを求めること、それが人生を生きるということであり、アイデンティティを確立するということなのです。
考えてみれば、リストラとは外からやっている逸脱といえるのかもしれません。
だから最近、「リストラ幸福論」などという言葉が聞かれるのですが、これはリストラに遭って結果的にいままでしがみついていたものがなくなったとたん、心が楽になったという現象をいったものです。
仕事を辞めて生活は苦しくなったけれども、しがらみから解放されたら世間が違ってみえてきたというわけです。
「いままでこんな現実をたくさん見過ごしてきたんだ。
こんなにおもしろいものがいっぱいあったのに」と気づいて報告してくれる患者さんも多くいます。
いまやリストラの嵐は現代人を例外なく襲ってきていますが、深刻に悩んでばかりいてもなんの解決にもなりません。
自分を被害者意識から解放し、「たまには世界を変えて見るのもいいものさ」と居直ってみてはどうでしょう。
会社に忠誠を尽くし、会社を通してしか世界を見ていなかった自分は、ある意味では自分を見失っていたようなものです。
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